大阪経済大学専任講師 柏原 誠
去る1月26日(土)午後、大阪グリーン会館2階の小会議室にて、第7回大阪大都市圏研究会が行われ、関西大学社会学部准教授の橋本理さんに「社会的企業論の展開と課題」と題する基調報告を行っていただきました。紙面の都合で、講演要旨のみを掲載し、質疑応答の部分は割愛させていただきます。
社会的企業という概念それ自体が、曖昧模糊としているが、その登場の背景としては、「社会的排除」という現象になんらかの対応を迫られたと言うことがある。
ニッセンズNyssensによると、米国では1900年代頃から社会的企業が議論され始めている。1993年にハーバードなどのビジネススクールで、社会的企業のプログラムが始まった。社会的企業の概念は広くとらえられ、企業家精神やサクセスストーリーと関連づけて語られる傾向がある。その一方、NPOが財政問題で限界を見せることに対応するイノベーションとしての側面もある。
欧州でも、90年代に新たな展開があり、政府でも営利企業でもないような企業を研究するEUレベルの研究ネットワークが生まれた(EMES)。社会的企業への注目がクリアになったのは、英国のブレア政権の「第三の道」路線のもとで、社会的企業を積極的に位置づけようとしたことによる。着目点としては、社会的排除への対応であること、社会的統合の手段を福祉から就労にシフトしていく流れの中で、の2点にあったといえる。また、コミュニティインタレストカンパニーという新しい企業形態もつくられ、制度的基盤が整備されてきている。概念のターゲットとしては、社会的目的を推進するということと、取引を通じたサステナビリティの実現と言うことにあるようだ。社会的インパクトとしては、経済活動の成果が社会的インパクトを持つという場合と、社会的企業やその活動自体が動機や目的になっている場合がある。
ニッセンズによると欧州の議論も幅広く、米国のように社会的企業家精神に着目する向きもあれば、サードセクターに属する組織に限定してとらえる立場もある。EMESは後者の立場である。EMESは、継続的な経済活動、自律性、経済的リスクの高さ、有償労働があるといった経済的な観点からと、コミュニティへの貢献、市民グループによる設立、所有に基づかない意思決定、活動によって影響を受ける人の参加、利潤分配の制限といった社会的な観点の両方から社会的企業を位置づけている。協同組合と非営利セクターの交差した部分にあるという言い方がある。社会的企業は特定の組織形態ではない。様々な協同組合や、障害者の雇用をしているSocial Firm、従業員協同所有、金融協同組合、開発トラスト(地域再生事業)、ホームレスなどを一般的労働市場へ媒介する媒介的労働市場会社、フェアトレードなどを行う企業、コミュニティビジネスなどが含まれる。
様々な形態の社会的企業が、多様な社会的サービスを供給していると言うことになるわけだが、悪く言えば政府の安上がり政策だが、よく言えば、地域の住民が社会的な問題に取り組む形の一つといえる。個々のケースで見ていく必要がある。
日本の現状をどう見るか。NPOの議論との関連を押さえておく必要がある。NPOのうちのある部分は、事業を継続しながら社会的価値を追求する点で、ある種の社会的企業として位置づけできる。日本のNPOには、事業継続のなかで、コミュニティビジネスの方向に進む流れがある。この流れを先取り的に進めてきたのは大阪である。
コミュニティビジネスの概念を整理しておくと、起源はスコットランドで、地域再生との関係性がある。日本では、地域密着のスモールビジネスであり、住民の参加の側面から捉えられている。また、コミュニティビジネスをどうみるかについて様々な立場がある。新しい公共の担い手と見る立場や、地域経済活性化を重視する立場、働く場として捉える立場などが混在している。
コミュニティビジネスの場合も、最初は社会的排除にどう取り組むかということだったが、現在では様々なレベルで捉えられている。国は、経産省では産業としての期待があり、厚労省には雇用創出の期待がある。ある推計では、90万人雇用が増えて、30万公務員削減、差し引き60万の純増というものが有るが、かなりあやしい数字である。地域福祉の期待などいろんな文脈がある。なんでもコミュニティビジネスになるかのような印象だが、4つのパターンがある。1つは、中心市街地活性化。2つめは、環境コミュニティビジネス。3つめは、農村振興のコミュニティビジネス。4つめが福祉に関わるコミュニティビジネス。事業の内容も様々だ。
事例を紹介すると、大阪府では、コンペをしてコミュニティビジネスを支援している。事業主体は様々である。資金面(事業化促進費の交付)と経営面(アドバイザ派遣)を行っている。商工労働部の仕事を福島のボランティア協会が受託して、相談デスクをもうけている。私が訪ねた、泉州の事例はビジネスと言うよりも地域活動である。市町村と民間団体が協力して計画を作り府がそれを支援するというスキームになっている。社会問題との関わりは様々であり、事業の内容は幅広い。一方。健康福祉部でも社会起業家育成プロジェクトを行っている。こちらは、地域の社会福祉の課題を民間で発見して、かつ解決策も民間でつくりだす、そういうプロジェクトに予算をつける。政策立案部分もアウトソーシングしている。こうなるとだれが責任を持つのか微妙な問題をはらんでいる。
コミュニティビジネスは、地域課題の解決や、社会的弱者の雇用提供などを考えているため事業規模が小さく経営基盤が弱く、これへの支援が重要である。ビジネスとしてうまく回る例は少ない。
また、低賃金労働者を生み出す可能性がある。国の発想は、細切れ雇用でもいいという発想。労働条件が損なわれる危険性は否めない。
コミュニティビジネスには、産業という視点も必要。雇用創出の基盤自体が脱工業化しているので、新しい産業とそれに対応した事業体を作っていく必要がある。ここに媒介的労働市場という考え方が役立つのではないか。社会的企業の役割に期待できる。
最後に、社会的企業と企業の社会性ということに関心がある。社会的な価値をどこで企業に埋め込むのか。企業のマネジメント、どう所有されているのかということに着目する。他方もう少し広く捉え、いいことをしていればいいという議論もある。財やサービスの質によって、ふさわしい事業形態を分けて考える必要があるのかもしれない。事業性と社会性のバランスと言うことが重要だろう。情報公開や自治体の支援のあり方が問われる。
いずれにせよ、労働への統合、対人サービスの担い手として注目されることは間違いないし、新しい産業の担い手としての新しい組織のあり方であることは間違いない。